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東京地方裁判所 昭和32年(行)58号 判決 1960年5月07日

原告 パラマウント映画株式会社

被告 麹町税務署長

訴訟代理人 広木重喜 外三名

主文

被告が原告に対し昭和三一年三月二〇日にした源泉徴収所得税決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

第二、原告の主張

一、原告は、肩書地に本店を有し、訴外米国法人パラマウント・インターナシヨナル・フイルムス・インコーポレイテツド(以下「訴外インターナシヨナル」又は「訴外会社」という)の供給する映画を日本国内において配給することを主たる営業としているものであるが、昭和二七年七月頃から同二八年三月頃までの間に、配給映画の宣伝に要する宣伝材料(スチール写真、ポスター)を訴外インターナシヨルから輸入し、同二八年五月七日その代金十五万五千三百四十円をこれに支払つたところ、被告は、右金員が所得税法第一条第二項第六号の著作権の使用料に該当するとして、昭和三一年三月二〇日原告に対し本税額三万一千六十八円、源泉徴収加算税額七千七百五十円、計三万八千八百十八円の源泉徴収所得税決定をしたので、原告はいずれも法定の期間内に、被告に対し再調査の請求をしさらに東京国税局長に対し審査請求をしたが、いずれも棄却され、昭和三二年五月八日右審査決定の通知をうけた。

二、しかしながら、被告のした源泉徴収所得税決定は、次の理由により違法である。

(一)  被告は、再調査請求に対する棄却決定の理由として、「映画フイルムに附属する当該映画のスチールその他の宣伝材料の使用料(当該宣伝材料を返還しない場合の対価を含む)は、映画フイルムの上映権の使用料に含まれるものとして課税するを妥当と認める」としているが、映画フイルム上映権に対する使用料の支払と宣伝材料費の支払との間には本質的な差異があり、後者を前者に含ませることは許されない。

(二)  原告は、原告の親会社である訴外インターナシヨナルとの間に昭和二六年一一月一日、同訴外会社の関係会社によつて公開される映画(パラマウント映画)の日本における配給上映の権利を専属的に同訴外会社から譲受ける契約をし、この契約に基き以後同訴外会社からパラマント映画のフイルムを輸入し、これを日本国内の劇場に配給してきた。そして右契約によれば、原告は、右配給上映権譲受けの対価として、引渡をうける各映画につき、原告が国内劇場への配給により挙げた収益の一定歩合(七〇パーセント)にあたる金額を同訴外会社に支払うこととされ(契約書第三条)、また、各映画の配給期間が終了したときは、原告は映画フイルムを回収し、訴外会社から別異の指示がない限り、これをすべて原告において破棄することを要するものとされ(第六条)ている。他方原告は、輸入映画の宣伝広告のため、訴外会社からその作成にかかる宣伝材料をも輸入しているが、これについては、原告はその宣伝材料を受領したときの時価を訴外会社に支払うこと(第四条)、原告は広告宣伝物として訴外会社より供給されたもののみを使用するものとするが、地域内で使用される国語すなわち日本語で複写し又は修正変更を加えて国内劇場に譲渡又は貸与しうる。各映画は、「パラマウント映画」または「パラマウント封切」として広告し、訴外会社より別異の指示がない限り、その他の表示をしないこと(第五条)、とされている。そして、宣伝材料に対して支払うべき右時価は、訴外会社がその宣伝材料に附した送状の価格によつて示されるが、それは、その宣伝材料の製作原価(スチール写真については、原板フイルム代、印画紙代、焼付費用、ポスターについては、主として版代、印刷費用)を基準にして定められ、原告は、右送状価格のほかには宣伝材料に対しなんらの支払もしていない。すなわち、宣伝材料に対する対価の支払は、映画フイルムに対する対価が将来原告の挙げる収益に対する一定の歩合で支払われるのと異り、送状価格として数額的に認定した製作原価のみが支払われることになつている。また、映画フイルムは前記のとおり上映期間満了後原告においてこれを回収し廃棄しなければならないこととされているが、宣伝材料についてはそのような拘束をうけないこととされている。

(三)  被告は、映画の著作権(上映権)は映画フイルムのみを排他的に支配しうる権利と考えるべきでなく、映画フイルムを中心として映画の上映に必要な一切の附随的製作物を包括した統一的な一個の独占的支配権と考えるべきであるとし、したがつてまた、かかる権利の譲渡にともない、これと同時にその権利を化体した映画フイルム及び宣伝材料等が渡渡されかつ対価が支払われるときは、その支払は、支払名義、支払方法の如何にかかわらず、結局譲渡された著作権すなわち上映権に対する対価の支払であるというべきであるとする。しかしながら、

(1) 映画フイルムと宣伝材料とは、なるほど映画上映とその宣伝が目的的に不可分であることはもちろんだが、両者はまつたく別個の著作物であり、したがつて各別に著作権が存在し、それぞれについて対価の支払があるものと考えるべきである。たとえば、或書籍の著作権とこれに関する宣伝材料たとえばポスターの額の著作権とがあわせて一個の権利であり、書籍とポスターとがあわせて一個の著作物であるという議論が成り立たないのと同様に、映画とその宣伝材料も、両者が別個に製作され得、体裁上も別個のものであるから、包括した一個の著作権の対象と考えることはできない。本件宣伝材料は、パラマウント映画の製作者が作製したものでなく、上映権者である訴外インターナシヨナルが作製したものであるが、宣伝材料はこれを映画製作者が映画フイルムの製作と同時に作ることもあり、また本件のように上映権者が作ることもあり、また上映権者以外の者が作ることも考えられるが、そのいずれであつても右の理は異ならない。被告は、もつばら映画製作者ないし上映権者の作製した宣伝材料を念頭にして論じているが、フイルムと宣伝材料とが同一人によつて製作されたという事実に眩惑されて、これをあわせて一個の著作物と独断しているのである。

(2) 原告は、本件宣伝材料については、これが著作権はこれを無償で譲受け、ただ宣伝材料そのものの所有権を買得するため、製作原価相当の代価を支払つているものであるから、右代価の支払は、著作権取得に対する対価ではない。被告は、著作権の譲渡がなされるときは、複製の原型となる著作物そのものの所有権的使用態様は捨象されているものというべく、したがつてその譲渡は所有権の譲渡としてはまつたく意味がない、と主張する。たしかに、著作権に対する支払がなされる場合複製の原型となるべき著作物そのものは無償で譲渡されることもあるが、その場合は、著作権に対する支払の点が前面に押出され、著作物そのものの所有権的価値はこれに比し余りにも小さいため問題にされないというにすぎないからであつて、それと同様に、著作権の価値に対する支払は、その価値が余りに低いために、或いはまた、該著作物が多数複製販布展示されることに特別の利益を有するために、まつたく当事者間に問題とされず、かえつて著作物そのものの所有権移転の面が当事者間に意識され、その価値に対する支払が問題となるような場合も存在するわけである。本件のばあいも、原告が輸入宣伝材料を多数複製、頒布、展示して映画の宣伝をすることは、上映権者たる訴外インターナシヨナルの、むしろ利益に合致することであるがために、訴外会社は宣伝材料をその製作原価で原告に譲渡し、その他にはなんらの支払を求めないのであつて訴外会社としては、宣伝材料の、著作権の対象としての価値を意識しその譲渡につき対価を徴してこの点においてまで利益を挙げようとはまつたく考えていないのである。(原告が、輸入ないし自ら複製した宣伝材料を国内劇場に販売ないし貸付するにあたつても、右頒布から利益を挙げるようなことはしていない。)宣伝材料については、フイルムの場合と異り、映画上映期間の終了後もその処分につき原告が訴外会社からなんらの拘束を課されていないのも、訴外会社が、宣伝材料の著作権の対象としての価値をとりたてて問題にしていないことを示すものである。このことは、客観的にも宣伝材料の如きものは、映画上映に関連して用いられるものであつて、著作者においても第三者においても宣伝材料自体に著作物としての大きな価値を認めるものでなく、むしろその著作物としての価値は僅少であると考えるのが普通であるから、その複製の権利を無償で譲渡することになんら不合理はないというべきである。また被告は、原告の支払金額が譲渡にかかる宣伝材料の製作原価であるといえる証拠は乏しいと主張するが、当事者の意思が宣伝材料の所有権の移転にあり、訴外インターナシヨナルにおいてそこから利益を得ることも考えられない状況にある以上、そしてまた、本件支払金額が、スチール写真は二〇枚一組一弗四〇仙(邦貨換算五〇、四〇〇円)、ポスターは一枚九仙(邦貨換算三、二〇〇円)であつて、日本における同種宣伝材料の製作原価(スチール写真一枚約四、三〇〇円、ポスター一枚約一〇、〇〇〇円(ただし五〇〇枚刷の場合)に比して低廉である以上、これを米国における製作原価と考えることに不合理はない。

(四)  以上要するに、前記契約第四条は、宣伝材料の製作原価を対価とする所有権譲渡の定めであり、第五条は宣伝材料の著作権すなわち複製の権利を原告に譲渡する定めであつて、その他に右著作権譲渡の対価の支払についての定めは契約上なく、また現に原告はこれを支払つていないのである。すなわち映画の宣伝が強力に、しかも訴外インターナシヨナルの意のあるところに従つて(契約第五条の、訴外会社より供給された広告宣伝物のみを使用するとの定めは、上映権者が自己の意図するところと異つた宣伝がなされ、ために該映画の声価を害し収益の減小をきたすことを防ぐために課した規制であるにすぎない)なされることは、訴外インターナシヨナルのまさに歓迎すべきことであるから、訴外会社は見本ないし原型となるべき宣伝材料の製作実費のほかは原告に対しなんら支払を求めることなく、宣伝材料を複製し頒布する権利を無償で原告に与えているのである。被告は、宣伝材料代が上映権の使用料に含まれないとすれば、宣伝材料の対価を恣に増額し、その増額分だけ使用料を減額し、それによつて使用料に対する課税を免れうる結果になると主張するが、そのような仮装がなされた場合には事の実質に従つて課税すれば足りることであり、すなわち、いわゆる宣伝材料代が宣伝材料の製作実費をはるかに上廻る場合(本件がそのような場合にあたるとは被告の主張しないところである)には、その上廻る分の額が実質上何の対価と考えるべきかを判断したうえで、或いは宣伝材料の著作権に対する支払と認定し、或いは映画フイルムの著作権に対する支払と認定して課税すれば足りるのであるから、課税の便宜から被告主張のように宣伝材料代の本質を推論するのは本末てん倒というべきである。

三、よつて、原告の支払つた宣伝材料費を、映画上映権使用料と認定してなした被告の源泉徴収所得税決定は違法であるから、その取消を求める。

第三、被告の主張

一、原告の主張第一項の事実、同第二項のうち(一)の被告が原告主張のような理由で再調査請求を棄却した事実及び(二)の事実(ただし、本件宣伝材料に対し原告が支払つた対価が、宣伝材料の製作原価にあたるとの点を除く)はいずれも認める。

二、原告の支払つた宣伝材料に対する対価は、すなわち映画上映権譲受に対する対価(使用料)であると考えるべきであるから、被告のした本件源泉徴収所得税決定は適法である。

(一)  映画フイルムの上映権は著作権の一種である。著作権とは一般に、著作物を経済上独占的排他的に利用しうる財産権であるから、映画上映権は映画著作物を排他的に利用しうる財産権であると定義できる。そこで、かかる映画上映権の対象たる映画著作物が何であるかを考えるに、映画は製作者において先ず内容を企画し、それにもとずいてテーマ・シナリオ、スター等を選び、一つのアイデイアのもとにこれを綜合芸術化してフイルムに撮影し、これを映写機で上映して一般観客の娯楽に供するものである。したがつて映画フイルムが映画上映権の対象たる著作物であることはいうまでもない。しかし、映画は、映画フイルムのみによつて成立つものでなく、これに附随する宣伝材料と相俟つてはじめてその効用を十全に発揮できるものである。けだし、映画フイルムがいかに芸術的に価値の高い作品であつても、それが観客を動員し多額の興業収入をあげえない限り無意味な存在にすぎない。また一つの映画フイルムを製作するには莫大な費用を必要とするが、さりとて費用をかければそれだけ多くの観客を動員し多額の収入をあげうるものとはかぎらない。映画は他の商品と異り、それがはたしてどんなものであるかを知らないうちに観客が観るか観ないかを決めなければならぬ商品である。だから映画上映権者が、その上映権にもとずき、多大の財産的収益をあげようとするなら、秀れた映画フイルムを製作すると同時に、その映画の真価を最も適確に観客に知らしめ広汎な観客層を動員せしめるに足る宣伝材料を製作しなければならない。ここにおいて製作者は、一方において映画フイルムを製作するかたわら、他方これと平行して、その映画の真価をもつとも適確に表現する場面をスチール写真に納めたり、魅惑的な予告篇を作つたり、観客の興味を一段とそそるようなストーリーを作つたり、更にこれにスチール写真を組合せてパンフレツトを編集したり、また人気のある排優やキヤツチフレーズを描き込んだポスターを作つたり等、あらゆる手段方法を尽して宣伝材料の製作にあたるのである。そしてこのようにして出来上つた宣伝材料は、映画の上映に先立つて配給業者に配給される。すると配給業者はこれらの宣伝材料を用いて、必要数量だけ、スチールポスター等宣伝料を複製し(ただしその際、当該地域の観客に一層アツピールするため、適当な修正を加えることが許されている)、これを新聞広告や上映館等を通じて一般公衆の前に展示し、まだ映画をみない観客にその映画の優秀性、娯楽性等を訴える。かくて十分なマスコミユニケーシヨンが出来たところで映画の一般公開となるのである。このように、宣伝材料は、一人でも多くの観客を動員し、より多くの興業収入をあげるため、換言すれば映画上映権の価値の増大化をはかるため、の必要かつ有効な手段であるばかりでなく、映画製作者(同時に上映権者である)の映画フイルムにおける芸術的独創性を最も適確簡明に大衆に主張せんとするものである。だから、映画によつて多大の財産的利益をあげんとする映画上映権者は、映画フイルムについてはもちろん、それと不可分一体の関係にある宣伝材料についても、これを経済上排他的独占的に利用しうべきものでなければならない。もし他の第三者(例えば配給業者または上映館等)が、上映権者の宣伝材料を無視して、恣に宣伝材料を偽作し、これを用いて映画の宣伝をすることができるものとするなら、当該映画の真価は、映画上映権者の意図を離れて誤り伝えられ、上映権者の芸術的独創性はふみにじられ、ひいては当然得べかりし興業収入の取得も妨げられるに至るであろう。だから、映画上映権者の作製した宣伝材料は、映画フイルムに附随して映画上映権の対象(映画著作物)たるものといわねばならない。すなわち換言すれば、映画著作権(映画上映権)は、映画フイルムのみを独占的排他的に支配しうる権利として観念すべきではなく、映画フイルムを中心として映画の上映に必要な一切の附随的製作物(例えばポスター、スチール、予告篇等の宣伝材料や台本等)を包括した統一的な一個の独占的支配権であるといわねばならない。

(二)  したがつて、かかる権利の譲渡にともない、これと同時にその権利を化体した映画フイルム及び宣伝材料等が譲渡され、かつ、対価が支払われるときは、その支払は、支払名義または支払方法の如何にかかわらず、結局譲渡された著作権すなわち上映権に対する対価の支払であるといわなければならない。換言すれば、上映権の譲渡においては、映画フイルムと宣伝材料と各別に著作権が存在し、それぞれについて対価の支払があるものというべきでなく、一個の包括した上映権が譲渡され、この権利を譲受けることに対する代償として対価が支払われるものというべきである。原告は、宣伝が映画上映と目的的に不可分であるという意味では正当であるとしても、宣伝材料は、法律上実務上映画フイルムないし上映権と全く別個に譲渡されうるものであると主張するが、映画の宣伝は映画上映と単に目的的に不可分であるだけでなく、そうであるが故にこそ上映権者は映画フイルムを製作すると同時に宣伝料を併せ作製し、これのみを配給業者を通じて一般公衆に伝達し、かくて多数の観容を動員したうえで映画フイルムを上映し、上映権としての財産的価値を十全に実現せんとするのであるから、宣伝材料は、性質上映画フイルムに附属し両者は切り離し得ない関係にあるものであるから、等しく上映権の対象たるものというべきであり、宣伝材料が上映権と全く別個に譲渡されるというが如きは通常考えられないことである。したがつて、たとえこれを上映権と切り離して、別個独立の契約で譲渡しこれが代価を支払つても、それは実質的には映画上映権の使用料中に包含さるべきものといわねばならない。

(三)  本件の場合、訴外インターナシヨナルは原告の親会社であり、原告会社の全株式を所有し、原告は人事経営のすべての面で右訴外会社によつて支配されている。そして映画フイルムの製作は、インターナシヨナルと同族関係にある別の会社をして製作せしめているが、これが配給上映権は、一切インターナシヨナルにおいて独占的に把握し、その上映権の一部(本邦及び朝鮮の両地域内における一定期間内の上映権)を原告に譲渡したものである。訴外インターナシヨナルは、このように、独占的企業組織形態のもとに、その傘下に属するパラマント映画に関する一切の支配権を掌中におさめ、当該映画作品に最も適合した宣伝材料を作成する。そしてこれらの宣伝材料に当該映画の価値、芸術的独創性、優秀性を盛り込み、映画フイルムに附随してこれら宣伝材料を原告に供給し(契約第四条)、これのみを用いて宣伝するよう指示する(もつとも、譲渡されるポスター、アメリカ本国における上映のため作られたものであるから、そのまま各国語に訳しても各国の国民性にそわないため、これを見本として各国の実情に向くように製作することは、当然のこととして許容されているものといえよう)。原告は、これにもとずいて必要数のポスター、スチールの複製にするわけであるが、そのいずれの場合であつても、インターナシヨナルは、当該映画が、パラマウント映画であることを明示することを要求し、(契約第五条)複製された現地版ポスターを送付させてその適否を吟味しこれを批判する。そして、そのほかにおいても、前記独占的企業形態にかんがみ、企業監査や興業収益の支払等のあらゆる機会を通じて、原告等各国駐在のパラマウント映画の配給会社の宣伝について、重大な関心をもち相当の干渉を加えているのである。

そこで、問題は、訴外インターナシヨナルから原告にかかる映画上映権の譲渡がなされ、これにもとずき原告が映画フイルム及び宣伝材料を複製しそれを配給または展示しうることに対する対価(上映権の使用料)は、いかに把握さるべきかである。上映権も他の著作権と同様財産権たる性質を有するものであるからこれが無償で譲渡されるということは一般に考えられない。そして上映権の譲渡は、その対象(客体)たる映画著作物の引渡と同時に行われる。そこで、上映権の対価の支払方法としては、映画著作物の売買という形式をとることも、また著作物は無償貸与し上映権料のみを支払う形式をとることも契約上は自由であろう。前者の場合には、形式的には上映権は無償に譲渡され、上映権料名義の対価の支払はなされていないが、しかしその実質はやり上映権の財産的価値の移転に対する対価の支払とみるべきである。けだし、映画フイルム及び宣伝材料は、ただそれのみの所有権を取得しただけでは無価値同然である。これらは、その写を複製でき、それを上映できてはじめて意義があるのであつて、かかる著作権の譲渡をぬきにして著作物そのものの引渡はありえない。だからその対価の支払も、たとえ映画フイルム代、宣伝材料代その他いかなる名義を用いようとも、それは、映画著作物取得のための対価、換言すれば映画フイルム、宣伝材料の所有権を取得するための対価ではなく、あくまで、これらの著作物を複製しこれを上映しうる権利すなわち上映権の譲渡に対する対価の支払に相当するといわねばならない。故に、本件のように、契約上、映画フイルム代ないし上映権料として興業収入の七〇パーセント、宣伝材料代として時価相当額を各別に支払う旨約した場合でも、その両者を合算したものが、真の映画上映権の使用料にあたるものというべきである。もし興業収入の七〇パーセントのみが上映権の使用料にあたり、宣伝材料代はこれに含まるべきでないとすれば、前記映画上映権の本質に悖るばかりでなく、上映権の一部についての対価の支払を免かれることになり、ひいては宣伝材料の対価を適当に増額しその増額分に見合うだけ興業収入に対するパーセントを減額しさえすれば、容易に上映権の使用料に対する課税を免れることができるであろう。

なお、原告は、本件宣伝材料の対価として支払つた金額はその製作原価であると主張するが、かりに原告主張のとおりであるとしても、そのことの故に右代価が上映権の対価の中に包含されないという理由にはならない。上映権の使用料にあたるかどうかは、前述のとおり、上映権の本質、その著作物の性質、これが譲渡における特性により定まるものであつて、上映権の対価として支払われる金額の多寡によつて定まるものではないからである。

三、かりに、原告主張のように、宣伝材料は映画フイルムとは別個の著作物であり、したがつてそれについては、映画上映権とは別個の著作権が成立するとしても、本件宣伝材料に対する対価は、宣伝材料著作権の譲受に対する対価(使用料)であると考えるべきであるから、本件源泉徴収所得税決定は、この点において結局適法である。

(一)  原告は、本件宣伝材料に対し支払つた対価は、宣伝材料そのものの所有権を取得するための対価であつて、著作権に対する対価ではないと主張する。しかし、いやしくも複製物を製作したり他に展示する目的で著作物の譲渡がなされるときは、その著作物自体はかかる権利(著作権使用)の対象として取扱われ、著作物そのものの所有権的使用態容は捨象されているものといわねばならない。したがつて、本件宣伝材料の譲受にあたり支払つた金銭が、所有権の対価たる性質をもつという原告の主張は、実体に反したものといわねばならない。

(二)  原告はまた、本件支払金額は、譲渡にかかる宣伝材料の製作原価にすぎないと主張する。しかし、原告がそのように主張するのは、右支払金額が、国内用ポスター、スチールの製作原価に類似しているから、これを類推してそのように推察しているまでであつて、その他に原告の右主張を正当ずける証拠はない。契約書第四条も、「時価」を支払うと定めているだけであつて、それが製作原価であるとはいつていない。国内用のポスター、スチールの販売価格ないし貸付価格が、製作原価を基準として定められているからといつて、アメリカ本国においても、ポスター、スチールの時価が、わが国同様製作原価を基準として定められていると断定することはできないであろう。むしろ、原告の主張によれば、ポスター、スチールといえども独立した著作物であるのだから、右「時価」なるものは、著作物の時価を意味し、したがつて、この中には当然著作権に対する対価が含まれているものとみるべきである。要するに、本件宣伝料材に対する支払が、宣伝材料のいかなる権利に対し、何を基準にして定められたものかは、原告の主張立証によるもいまだ明確であるとはいえない。なお、かりに右支払金額が製作原価に相当すると仮定しても、この支払については、著作権料として税法上源泉徴収課税をなすべきものである。けだし、税法上源泉徴収をするについては、その支払が権利の原価的内容を構成しているかどうかは、徴収義務の存否になんら影響しないである。例えば、或る会社が争訟事件につき弁護士に同事件の処理を依頼しこれが報酬を支払うときは、それが弁護士の法廷出廷のための旅費日当に相当する場合であつても、依頼会社は、支払金額につき、支払の都度一〇パーセントの源泉徴収義務の負担を免かれない。そしてそれが同弁護士の必要経費として考慮されるのは、同人の所得税の確定申告の段階においてある。すなわち、源泉徴収制度の立前上、総額課税主義の原則をとり、源泉徴収の段階では、支払金額が実費(経費)にあたるかどうかは、なんら吟味せず、確定申告の段階に至り、所得計算をするにあたり、はじめて前記支払が真実旅費日当に相当するかどうかを吟味し、もし必要経費にあたるときは、その必要経費額を総収入金額から控訴し、残額の所得金額につき課税するわけである。故に源徴収義務の存否を定めるには、それが原価(経費)であるかどうかはなんら関係ないものといわねばならない。

第四証拠<省略>

理由

一、原告の主張第一項の事実及び同第二項の(二)のうち原告が訴外インターナシヨナルに支払つた本件宣伝材料に対する対価は、その製作原価であるとの点を除くその余の事実はいずれも当事者間に争ない。

二、被告は、映画の宣伝材料(ポスター、スチール写真等)に対する対価はすなわち映画上映権譲受の対価に含まれるから、所得税法にいう上映権の使用料にあたるとし、その根拠として、映画宣伝の特殊性からいつて、宣伝材料は映画フイルムに附随した映画著作物たるべきものであり、映画著作権(映画上映権)は、映画フイルムはもちろんその他映画上映に必要な一切の附随的製作物(ポスター、スチール写真等の宣伝材料や台本等)を包括した統一的な一個の独占的支配権であるからと主張する。しかし、およそ著作権は、著作行為すなわち著作物を成立せしめる事実行為により、著作物の成立とともに当然発生するものであるところ、前記当事者間に争ない事実によれば、本件宣伝材料はパラマウント映画のいわゆる元配給業者たる訴外インターナシヨナルがこれを作製したものであるが、他方右宣伝材料にそれぞれ見合う映画フイルムは、右訴外会社以外の第三者である映画製作者においてこれを製作したものというのであるから、作製者の異なるにしたがい、それぞれ別個に著作権が成立し帰属するものといわねばならない。のみならず、かりに同一人が映画フイルムとその宣伝のための宣伝材料をともに作製した場合であつても、両者は、その精神的創意の内容をまつたく一にするとは認めがたいから、その異なるのにしたがい、それぞれ別個の著作物を形成するものというべく、映画著作権(著作権法第二二条の三)は、映画フイルムについてのみ成立するものというべきである。したがつてたとえ本件のように、一個の契約で映画上映権と宣伝材料が譲渡されても、著作権の譲渡の点についてはそれぞれ別個になされたものと解すべきであり映画上映権の譲渡には当然宣伝料の供給も含まれるとして宣伝材料に支払われた対価を映画上映権の使用料に含ませることは妥当でない。成立に争ない乙第一号証、同第二号証によれば、なるほど被告主張のように、映画における宣伝の果す役割は、他の商品の場合以上に重要であり、或る意味では、その映画の興業価値を決定づけるほどのものであること、したがつて映画製作者、配給業者、興業者の等しく重大関心事であり、宣伝材料作製者ないし供給者からのその複製物に対する指示干渉もしばしばなされること、が認められ、また、本件契約上、原告は訴外インターナシヨナルから供給された宣伝材料のみを使用して宣伝をなすべきで、それ以外のものを用いてはならない旨定められていることは当事者間に争ない事実であるが、同時に、右乙第二号証によれば、映画の宣伝といえども他の商品の宣伝と本質的には異ならないこともまた認められるし、後記認定の事実関係にある本件では本件争点の中心である著作権の使用料に該当するかどうかの観点に立つと、被告主張のように、映画フイルムとその宣伝材料がともに映画著作物であり、合せて一個の著作権、すなわち映画上映権の対象であるとし、本件宣伝材料に支払われた対価を映画上映権の使用料に含まれると解することは妥当でないと考える。

したがつて、右の主張を前提とし、本件宣伝材料の対価の支払が、映画上映権の使用料に含まれるものとする被告の主張はその余の判断をするまでもなく失当である。

三、つぎに、被告は、宣伝材料について映画上映権とは別個の著作権が成立するとしても、原告の支払つた宣伝材料に対する対価は、宣伝材料著作権の譲受の対価であるから、著作権の使用料にあたる、と主張する。そして、この点についての原告の、本件宣伝材料に対し支払つた対価は、宣伝材料そのものの所有権を取得するための対価であつて、著作権の対価ではない、との主張に対しては、いやしくも複製物を作製し頒布する目的で著作物が譲渡されるときは、その著作物自体はもつぱら著作権使用の対象として取扱われ、著作物そのものの所有権的使用態様は捨象されているものというべきであるから、右譲渡に対する対価は、たとえそれが、映画フイルム代ないし宣伝材料代の名義で支払われても、その実質は著作権譲渡に対する対価と考えるべきである、と主張する。しかし、著作権の譲渡と著作物の所有権の譲渡とはこれを区別すべきであつて、著作物の所有権を譲渡したためこれに対する或種の著作権もともに移転したものと解すべき場合もあり、また、著作権を譲渡したときは、通常その著作物の所有権もともに譲渡したものと解せられるであろうが、ともかく、両者は観念上両立し得ないものではない。したがつて、著作権の譲渡にあたり対価が支払われた場合でも、直ちにそれが著作権の譲渡に対する対価であるとは断定できないのであつて、実質上も著作権の譲渡は無償でなされ、右対価の支払は、著作物の所有権を取得したことに対しなされたものと認めうる場合もありうるわけである。そして、そのような場合には、対価の支払は、著作権譲渡に対するものでないから所得税法所定の著作権の使用料に該らないことはもちろんである。

ところで、前記当事者間に争ない事実によれば、原告が訴外インターナシヨナルに支払つた本件宣伝材料の対価は、原告、訴外会社間の本件契約上、訴外会社が本件宣伝材料に附した送状の価格すなわち時価であるとされているわけであるから、右支払われた時価の実質が、はたして被告主張のように、本件宣伝材料の著作権譲渡に対する対価であるかどうかを考えてみる。証人勝田正見の証言及び成立に争ない甲第一号証によれば、原告はパラマウント映画の日本におけるいわゆる地方配給業者として、訴外インターナシヨナルとの間の本件契約に基き、同訴外会社から輸入する宣伝材料を、そのままの形で或いはこれを日本語で複写し適当な修正変更も加えて複製し、それをパラマウント映画フイルムの配給先である国内各劇場に貸付けまたは譲渡しているが、右各劇場において原告から、より多くの宣伝材料の提供をうけ、より強力な宣伝をして興業成績を上げることがすなわち、配給業者としての原告の本来の営業利益にも合致することであるところから、右宣伝材料の頒布に対しては配布する材料そのものの製作原価相当の対価を徴するだけで右頒布又はこれが複製による頒布からは直接利益を得ることを考えていないこと、そして右のことは、原告のみならず映画界一般の実情であること、原告の支払つた本件宣伝材料の対価は、国内における同様の宣伝材料の製作原価に比しても低廉であること、本件契約上、映画フイルムについては、上映期間終了後原告において複製フイルムをすべて劇場側から回収し、訴外会社よりの別異の指示のない限り、これを廃棄すべきこととされており(ただし、この点は前記のとおり当事者間に争ない)、また、原告は、右廃棄処分に付したことを訴外会社に通知すべく万一フイルムが損したときは、その事実を証明する証拠を訴外会社に提示すべきこと紛失、盗難により滅失し、事故により破とされているのに、地方宣伝材料については、右のような拘束はいつさいなく(この点も当事者間に争ない)、未使用に終つた宣伝材料についても、これをいかに処置するかは原告の自由に委されていること、以上のような事実を認めることができる。右認定の各事実に本件弁論の全趣旨を総合すれば、訴外インターナシヨナルは、映画フイルムの場合と異り、本件宣伝材料については、その著作権としての価値はこれをとりたてて問題にすることなく、むしろ、原告をして、より強力広範囲の宣伝をさせることにより、その配給収益を上げさせることがすなわち元配給業者としての訴外会社の利益にも合致するところから、宣伝材料の複製頒布の権利は、これに対する特別の対価を徴することなく無償でこれを原告に譲渡し、ただ配布する材料自体の製作原価相当の金額を、実費として原告から徴したものと認めるのが相当である。本件宣伝材料はポスター、スチールであることは当事者間に争ないところ、これについて特にその著作権を重視して原告に譲渡したと認めるに足る証拠はない。

本件契約中、原告が訴外会社より供給された宣伝材料のみを使用して宣伝をなすべきで、その他のものを用いてはならない旨の定め、或いは、各映画は「パラマウント映画」ないし「パラマウント封切」として広告すべき旨の定めは、ともに宣伝の方法に関する制約にすぎないものと考えるべきであるから、これをもつて、本件対価を、宣伝材料著作権の譲渡の対価とみることの根拠にすることはできない。また、著作権の対価なる部分とそれ以外の部分との区分が不明瞭な場合ならばともかく、本件支払金額が、実質的にみて著作権譲渡に対する対価ではないこと前記認定のとおりである以上、これに対しても源泉徴収課税をすべきだとする被告の主張は失当である。したがつて、本件支払金額を映画上映権譲渡の対価と認定し、所得税法第一条第二項第六号所定の著作権の使用料に該当するとして、同法第四一条、第四三条によりなした本件源泉徴収所得税決定は違法であるといわねばならない。

四、以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容し、被告のした本件源泉徴収所得税決定を取消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)

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